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『ジョーカー・ゲーム』:柳 広司|スパイの本質は「死ぬな、殺すな」

 スパイといってまず思い浮かぶのが、007の「ジェームズ・ボンド」とミッション・インポッシブルの「イーサン・ハント」です。どちらもフィクションの話ですが、世界で最も有名なスパイの内の二人でしょう。アクション映画なのでエンターテイメント性が高く現実感には乏しいですが、映画としては秀逸だと思っています。

 「ジョーカー・ゲーム」は、陸軍内に設置されたスパイ養成機関「D機関」と、そこで養成されたスパイの物語です。映画のようにエンターテイメントを重視したものではありません。可能な限り現実のスパイを表現しようとしています。 「ジョーカー・ゲーム」は、5編の読み切り短編で構成されています。1話読みきりなので、空いた時間に気軽に手に取って、読んでいくことができます。 

「ジョーカー・ゲーム」の内容

結城中佐の発案で陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成学校“D機関”。「死ぬな、殺すな、とらわれるな」。この戒律を若き精鋭達に叩き込み、軍隊組織の信条を真っ向から否定する“D機関”の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く結城は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を上げてゆく…。【引用:「BOOK」データベース】  

「ジョーカー・ゲーム」の感想  

実の時代背景

 時代背景は太平洋戦争開戦前です。太平洋戦争開戦前の非常に緊迫した世界情勢を背景にすることで、リアリティを重視しています。暗躍するスパイの活動に現実感を持たせながらも、なおかつ小説として楽しめるストーリー。フィクションでありながら、実在のスパイの話のように感じます。

 「D機関」が、陸軍中野学校がモデルであることは容易に想像できます。小説内の「D機関」がどの程度、陸軍中野学校を模しているのか。私は、当時の歴史にあまり詳しくないので詳細なところはよく分かりません。ただ、そのことを知らなくても十分に楽しめますし、本当のスパイというのは、ここに書かれているような人たちだったのだろうと想像させてくれます。 

想を裏切る

 スパイ小説は、騙し合いにより人間関係が複雑に絡まっていくような印象がありますが、本作はそのようなことはありません。1話ごとの登場人物も少なく、非常に分かりやすい。与えられた任務があり、その任務を完了させることがスパイの使命です。なので、無事に任務を完了するかどうかが問題となる訳です。また、任務が完了するかどうかだけではなく、その過程がどのように展開するかということも読みどころです。読み手の予想を裏切る展開が、この小説には用意されているといっていいでしょう。

 物語は、優秀なスパイであった結城中佐がスパイ養成所「D機関」を設立するところから始まります。彼が語るスパイの本質は、「目立たぬこと」「スパイは怪しまれた時点で終わりだということ」です。 それが、「D機関」の教えである「死ぬな・殺すな」に繋がります。 

人の死ほど、世間の注目を浴びることはないからです 

 当時の軍人には受け入れがたい思想であったことはよく分かります。「D機関」は、まず敵国でなく、陸軍と戦う必要があった訳です。 

個性の個性

 スパイの本質を目立たぬことと定義した小説なので、結城中佐以外の登場人物たちにあまり個性がありません。スパイとして潜入するに当たっては、偽の身分を与えられます。あくまで偽なのでスパイ自身の個性ではありません。無個性の個性というべきものなのでしょうか。個性がないこと自体が個性なのでしょう。結城中佐については確立された個性が存在しますが、それ以外の「D機関」の卒業生や生徒は区別が難しい。 

個性が必要でないことが、スパイという職のリアリティを更に強調しています。 

 ただ、目立たぬことを信条として活動しているスパイ小説なので、ピリピリするような緊張感を伴う展開があまりありません。読んでいて、少し単調さを感じる部分が出てきてしまいます。現実のスパイに近づけて描こうとすればするほど、盛り上がりに欠けてしまいます。そもそも、スパイというのは周りを盛り上げるような出来事を起こす訳にはいかないですから。情報収集の巧みさと深謀遠慮については感心させられます。

終わりに

 続編も刊行されていますので、人気シリーズとして世間に受け入れられています。映画化もされていますが、どのように制作されているのか気になります。原作に忠実にしすぎると地味な映画になってしまいそうな気がします。アニメもありますが、映画も含めて映像化されたものを一度見てみたい。 

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)