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タイトルのテキスト
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『死んでいない者』:滝口悠生|通夜の一晩が永遠のようでありながらも淡々と過ぎ去っていく。

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 第154回芥川賞受賞作です。「死んでいない 者」は、生きている人のことを言うのだろうか。それなら、この小説の中では通夜に集まった人々のことになります。「死んで いない者」と読むと、85歳で大往生を遂げた故人ということになります。

 おそらく両方の意味を持たせているのではないでしょうか。この小説に登場する全ての人物を、このタイトルで表現しているのでしょう。 

「死んでいない者」の内容 

秋のある日、大往生を遂げた男の通夜に親類たちが集った。子ども、孫、ひ孫たち30人あまり。一人ひとりが死に思いをはせ、互いを思い、家族の記憶が広がっていく。生の断片が重なり合って永遠の時間が立ち上がる奇跡の一夜。 【引用:「BOOK」データベース】  

「死んでいない者」の感想  

往生の通夜だからこそ 

 この小説の大前提は、85歳の大往生という点にあります。大往生だからこそ悲しい雰囲気が漂わず、故人の話より通夜に参列した人々の話が中心として成り立つのです。現実の通夜や葬式でも、故人が85歳ならそれほど湿っぽくなりません。故人を偲ぶよりは集まった人たちの近況や昔話といった話になってしまうこともあります。 

 通夜に参列したことのある人なら共感や実感を持つでしょう。お酒を飲んで故人の昔話や自分たちの昔話、それぞれの近況。久しぶりに会った子供たちは一緒に遊ぶ。大往生の通夜はそんな感じです。本作もそういう状況を描いています。 

点が入れ替わる

 最初に感じたのは、視点が知らない間に変わっていたり、話が脈絡もなく入れ替わったりするので混乱してしまうことです。話の辻褄が合わないな、と思ったら違う人の話に変わっていたり。普段は違う場所・違う会社・違うコミュニティで生活している人々が、通夜という場のために集まり同じ時間を共有しています。通夜の間は時間が共有されていますが、それぞれが所属している世界は違います。そのことが人間関係を混沌とさせています。この混沌とした様子を視点が入れ替わる文章で表現しています。 

 もちろん、親族という共通項があります。ただ、集まった親族は30人余り。多すぎて、誰が誰かよく分からない。なので、親族という共通項ですら曖昧なものとして感じさせられます。 

別な一夜

 通夜を、時間軸に沿ったところで淡々と脈絡なく綴り続ける。ストーリー性を特に感じることもありません。ただ、何となく安心するというか、何かを思い出させるような感じがします。その何かは漠然としてよく分かりませんが。全体を通して、微妙な高揚感というか興奮というものが感じられます。通夜振る舞いも宴会とまではいきませんが、楽しそうな感じまで漂ってきます。そう思うと、通夜というのは故人を偲ぶとともに、親族や友人たちの同窓会みたいなものなのかもしれません。もちろん、大往生という前提ですが。  

考員の選評

宮本輝氏

死者は焼かれてどこかへ消えて、生者は葬儀が終われば去って行き、またそれぞれの新しい生を生きていく。その淡々とした営みのなかに人間というもののけなげさをさりげなく描いたとすれば、この作者は相当にしたたかだと感じた。 

小川洋子氏

『死んでいない者』を語っているのは誰なのか。もしかしたら滝口さんにも正体は分からないのかもしれない。その不親切ゆえに生じるあいまいさを、私は魅力と受け取った。記憶していることより、忘れてしまったことの方がより鮮明な重みを持つ。そのことの不思議を滝口さんは描ける人なのだ。 

奥泉光氏

「自在なかたりの構成が小説世界に時空間の広がりを与えることに成功している。」「総じては手法はうまく生かされ、死者も生者も、老人も子供も、人間も事物も等しく存在の輪郭を与えられ、不思議な叙情性のなかで、それぞれが確固たる手触りを伝えてくる。傑作と呼んでよいと思います。」 

村上龍氏

意欲的な作品であることは間違いない。問題は、作品の「曖昧な視点」が、読者の暗黙の共感と理解に依存している部分がどのくらいあるか、ということだろう。」「作家が自由なのは、作品のモチーフを選ぶときだけで、あとはそのモチーフが、文体、プロット、構成などを規制する。作品のテーマが、作者の構想、作業を規定するのだ。そういった意味において、『死んでいない者』は、緻密さが不足していると感じた。 

 村上龍氏は、ちょっと否定的です。

終わりに

 小説に盛り上がりもなく、ただ時間だけが過ぎていくような不思議な感覚を味わいながら読んでいました。もちろん、登場人物それぞれの物語はありますし、それが言わんとすることもあるのでしょう。

 通夜は特別な出来事です。だけど、誰でも経験することでもあります。生と死、生の繋がり、生きていくこと。周囲との関係。著者には、様々な思惑があるのかもしれません。それがあったとしても読み解くことはできなかった。しかし、不思議に心に残る作品でした。

 最後にひとつだけ。ここに登場する子供たちは飲酒し過ぎです。

死んでいない者

死んでいない者