毎日が読書日和ー思ったままの感想文

40歳で気付いた読書の魅力。小説から映画まで、感想を綴ります。

「海の底」 有川 浩

「海の底」の内容

4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく―ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。【「BOOK」データベースより】 

 

「海の底」の感想 

 巨大エビの襲来というとんでもない事象で物語は始まります。「塩の街」よりは、まだ有り得る設定かもしれませんが。ちょっと苦笑いしてしまうような設定です。

 しかし、この巨大エビが人間を襲い捕食する描写は、生々しさが伝わってきます。

  また、この巨大エビ(作中では「サガミ・レガリス」と呼称されるようになります)の発生について、作中では、生物学者を登場させ、それなりの根拠を展開しています。レガリスの正体から巨大化した理由、その生態について科学的根拠を提示しつつ説明しているので、最初に感じたほどの違和感は、徐々に感じなくなってきます。

 加えて、巨大エビが人間を捕食するというおよそ非現実的なことを、現実的に伝えてくる著者の文章描写の力量も現実感を増す理由かもしれません。

 この「海の底」では、大きくふたつのストーリーが平行して描かれています。どちらも、このレガリスの襲来を起因としていますが、直接的に絡み合う関係ではありません。

 

 まずは、非常事態に対する日本の危機管理能力のなさを描いています。

 この非常事態を収拾するためにはどうすれば最適なのか。それを、警察と自衛隊の縄張り意識、在日米軍と日本政府との駆け引き、自衛隊の投入と武器使用の難しさを用いて描いています。そして、誰も責任を取ろうとしない体質が、この事態を簡単に収拾できないことも曝け出しています。警察力では対応できない状況が起きた時にどうすれば良いのか。ひとつの問題提起が行われています。事態を収拾できる武器を所持しながら、使うことができない。その歯痒さと無念さが伝わってきます。

 

 そして、もうひとつのストーリーが、レガリスから逃げ切れずに、自衛隊の潜水艦に籠城することとなった若い幹部自衛官2名と高校生から小学生の子供たちの話です。

 潜水艦に逃げ込めば、レガリスが襲ってくることも有り得ないし、食料も十分にあるのだから、あとは事態が収集するのをのんびり待てばいいだけです。しかし、訓練を受けた自衛官ならともかく、一般人しかも子供にとっては、レガリスに囲まれ狭く不自由な潜水艦内部に長期間閉じ込められるのは、耐えられないことなのでしょう。なので、早期の救助を求めます。狭い空間での共同生活で、子供たちの関係も変わっていきます。潜水艦の中での主要なテーマは、人間模様なのでしょう。そこには、敵対や葛藤、苦悩、恋愛などいろんなものが混じり合っています。

 

 同じレガリスの襲来の結果として起こった出来事ながら、全く違うテーマを描いています。

 そして、それぞれの物語に登場する人物が個性的です。

 警察においては、警察庁の烏丸参事官と県警の明石警部。

 潜水艦においては、夏木三尉と冬原三尉。

 この4人に共通するのは、組織にとって異質な存在だということです。簡単に言えば問題児です。ただ、優秀であることは間違いありません。

 烏丸と明石は大局を見誤ることはありません。最も現実的な解決に向けて、実現可能な策を講じていく様子は、気持ち良さを感じます。彼らの敵はレガリスでありながら、日本の危機管理体制に対しても闘っているのです。その奮闘振りが爽快です。

 そして、夏木と冬原は評価が難しいです。なぜなら、子供の面倒を見ている場面が多く、自衛官としての活動があまりないからです。しかし、自衛官としての矜持は、様々なところで感じることができます。夏木は直情的、冬原は場合によっては冷徹。しかし、魅力溢れる人間として描かれています。

 

 この小説も「塩の街」と同じように恋愛小説の部分が大きなウエイトを占めています。潜水艦内部での恋愛事情です。避難した子供たちの内、たった一人の女の子である望と夏木の物語です。「塩の街」と同じように、淡く切ない恋物語です。このあたりは中高生向きかな。

 「塩の街」と違い、恋愛だけでなく、日本の危機管理についても描いているので、多少は読み応えがあります。でも、やっぱり中高生向けかなと思ってしまいました。

 

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