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『銀翼のイカロス』:池井戸 潤|シリーズ史上、最大最強の敵に挑む

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 「半沢直樹」シリーズの第4作目です。今までのシリーズの中では一番スケールが大きく、手に汗握る展開に引き込まれました。前作の「ロスジェネの逆襲」では、バブル世代の半沢とロスジェネ世代の森山の両方の活躍を描いていました。そのため半沢の存在が薄くなり、爽快感も感じず、消化不良気味でした。今回は半沢を主役に据え、分かりやすい善悪の構図と半沢の活躍を躍動感溢れる内容で書いています。読んでいて、すっきりする爽快感を感じました。「ロスジェネの逆襲」での消化不良を一気に吹き飛ばしてくれた気分です。  

 今作は、航空会社の再建というひとつの大きな舞台で繰り広げる戦いです。舞台はひとつですが、半沢が戦うべき相手は大きく3者のグループです。その3者は様々な利害関係で結びついており、あらゆる角度から半沢を追い詰めていきます。

「銀翼のイカロス」の内容  

出向先から銀行に復帰した半沢直樹は、破綻寸前の巨大航空会社を担当することに。ところが政府主導の再建機関がつきつけてきたのは、何と500億円もの借金の棒引き!?とても飲めない無茶な話だが、なぜか銀行上層部も敵に回る。銀行内部の大きな闇に直面した半沢の運命やいかに?【引用:「BOOK」データベース】  

「銀翼のイカロス」の感想  

一の敵 東京中央銀行内の旧Tと旧Sの確執 

 東京中央銀行は、産業中央銀行と東京第一銀行が合併したことにより誕生した銀行です。「元 産業中央銀行行員=旧S」「元 東京第一銀行行員=旧T」と呼び、反目し合っています。両者の対立は、第1作目から物語の根底に流れるものとして描かれています。確執以上の歪みとして銀行内に存在しています。半沢は旧Sです。旧Tにとって、半沢は同じ銀行内でも敵なのです。半沢が銀行内での戦いを強いられるのはそのためです。味方であるはずの同じ銀行の中に最もやっかいな敵がおり、半沢が窮地に追い込まれる要因のひとつになっています。 

旧S vs 旧Tは、本作においても根底に流れています。 

 旧Tの紀本常務と曽根崎審査部次長が、半沢を追い詰めていきます。この紀本常務が半沢が戦う敵のうちのひとりです。銀行の利益でなく、半沢を追い落とすことと自己保身と出世が目的となっています。しかし、単なる旧Sと旧Tの戦いだけではありません。紀本常務に裏の顔を持たせることでストーリーを複雑にし、読者に先を読ませないようにしています。

 半沢の攻勢により紀本常務と曽根崎次長を追い詰めていく様子は、常務という圧倒的な権力者に対しても全く物怖じせず、自らの信念を貫く半沢を見せつけられます。自らの信念とは、バンカーとしての信念です。決して曲げることのできない半沢の存在そのものと言っていいいかもしれません。 

 旧Tが敵であれば、当然、旧Sは味方になります。味方の筆頭格が同期同窓の「渡真利」です。渡真利はシリーズを通して、半沢の心強い味方です。半沢とともに戦うわけではないのですが、半沢が孤独な戦いをしている訳ではないと感じさせてくれる存在として安心感を与えてくれます。半沢と渡真利が、飲み屋で話すシーンがよく出てきます。飲み屋の場所に加え、バーなのか、居酒屋なのか、寿司屋なのかという詳細な説明がされます。ここまで詳しい説明が必要ないと思いますが、これは著者のこだわりなのかもしれません。私は東京に詳しくないので、この飲み屋が実在するのかどうか気になるところではありますが。

二の敵 政治の駆け引き 

 本作のスケールを大きくしている要因のひとつに、政治家が登場し半沢の敵となる点があります。金でなく権力の行使のための戦いを挑む政治家に対し、半沢がどうするのか。それも見所になっています。この政治家も敵のうちのひとりです。

 政権交代がもたらした理不尽な再建計画の白紙撤回が、事件の発端です。自らの功績を最優先に考え銀行を従わせようとする政治家は、最も強大な権力を持った敵です。航空行政を取り仕切る国交大臣の白井が直接の敵となる訳ですが、その自分勝手さは胸悪くなるほどです。帝国航空の再建という難局を、単なる政局と自己顕示欲のためだけに利用します。その悪辣さは読んでいて、怒りが沸いてくるほどです。だからこそ絶対的「悪」として、半沢が倒すべき相手に不足はないといったところでしょう。 

敵が巨大であればあるほど、倒したときの爽快感は増します。 

 この小説の政権交代と白井大臣を見ていると、民主党の政権交代を思い出します。民主党政権においても、前政権の政策の否定ありきから始まる政治手法であったりとか、分かりやすい結果(例えば事業仕分け)だけを求めて大局を見誤ったりとか。功を焦るあまり、自滅した印象があります。「銀翼のイカロス」においても、同じように描かれています。著者が意図しているかどうか分かりませんが、「政治家の資質は何か?」という問題提起をしているように感じます。 

三の敵 タスクフォース

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 最初に書きましたが、帝国航空の再建がこの小説の舞台です。戦いの鍵は、東京中央銀行が債権放棄するかどうかという一点です。白井大臣の目的は国交大臣の力で銀行に債権放棄させ、帝国航空を自らの力で再建したと世間に知らしめることです。そのための実働部隊として、諮問機関「タスクフォース」を始動させます。そのタスクフォースのトップが乃原です。半沢の敵のうちのひとりです。 

 国交大臣の諮問機関であるので、後ろ盾は現政権です。半沢が直接戦う実際的な敵として存在します。乃原は一筋縄ではいかない企業再生のプロであるとともに、どんな手も使う悪人です。帝国航空再建を目的としたタスクフォースでありながら、彼の目的は違います。企業再生の腕前を世間にアピールすることで、更なる金儲けを企てているに過ぎません。政治家の後ろ盾があるから、彼の行動は勝手放題で思い通りにならないことはないという態度です。その態度が癇に障ります。帝国航空の再建の実働部隊ですので、半沢と直接対決する場面が多くあります。直接対決は見所のあるシーンばかりです。半沢の半沢らしさが、存分に描かれています。 

者の共闘

 この3つの敵が共闘し、半沢を追い詰めようとしていく訳です。ただ、完全な一枚岩でないところが面白いところです。それぞれがお互いに不満を持ったり弱みを握られたり主導権を握ろうとしたりしながら共闘するのです。帝国航空再建という道具を使って、それぞれが違う目的を持っているのだから足並みが揃わなくなるのは当然かもしれません。不信感を抱いた時点で、真の共闘とはなりません。その隙を半沢は突いていくのです。 

 物語の大きな軸は、半沢とこの3者の戦いです。その3者の主導権争いを絡ませることでストーリーが複雑に織り込まれ、先が読めない構成となっているのです。ストーリーの先は読めなくても、このシリーズは「勧善懲悪」を基本としています。なので、最後には半沢が勝つことは分かっているのです。その勝ち方が、どのようなものなのか。読者の納得できる爽快なものなのか。それが重要です。「銀翼のイカロス」は、その期待を裏切りません。 

沢の力

 敵の話ばかり書きましたが、半沢にも心強い味方がいます。先ほど書きましたが「渡真利」もそのひとりです。他にも多くの人間が、半沢を助けます。半沢のバンカーとしての魅力が、周りに力強い味方を作るのです。半沢の力の一部でもあります。

 ストーリーを左右するくらいの助力となったのが、営業第二部長「内藤」と検査部「富岡」です。このふたりは、半沢の尊敬するバンカーです。そして、その尊敬に値する活躍を見せます。彼ら抜きで戦いは勝てなかっただろうと思うくらいの活躍ぶりです。押し付けがましい助力でなく、さりげなく、しかも確実な助力です。半沢の戦いは、ひとりだけの戦いではないということです。 

最後に 

 本作で、中野渡頭取が自らのバンカーとしての矜持を語ります。本作が半沢シリーズの最終話であることを示唆しているように感じます。「勧善懲悪」のストーリーは、ともすればマンネリ化します。結果が分かっているからです。結果は分かっていても、その過程が面白ければ引き込まれますが。

 新鮮味がないことだけで、小説がつまらなくなる訳ではありません。しかし「銀翼のイカロス」よりスケールが大きく、なおかつ面白いストーリーを考えるのも容易ではないでしょう。続編は、常に前作を上回る面白さを要求されます。その要求に応え続けることはとても難しい。続編があるのか、ないのか。それも、気にかかるところです。