毎日が読書日和ー思ったままの感想文

40歳で気付いた読書の魅力。小説から映画まで、感想を綴ります。

「マルドゥック・スクランブル 圧縮」〔完全版〕 冲方 丁

マルドゥック・スクランブル 圧縮」〔完全版〕の内容 

なぜ私なの?―賭博師シェルの奸計により少女娼婦バロットは爆炎にのまれた。瀕死の彼女を救ったのは、委任事件担当官にして万能兵器のネズミ、ウフコックだった。法的に禁止された科学技術の使用が許可されるスクランブル‐09。この緊急法令で蘇ったバロットはシェルの犯罪を追うが、そこに敵の担当官ボイルドが立ち塞がる。それはかつてウフコックを濫用し、殺戮の限りを尽くした男だった。代表作の完全改稿版、始動。 【「BOOK」データベースより】

 

マルドゥック・スクランブル 圧縮」〔完全版〕の感想 

 冲方 丁氏の作品で、最初に思い浮かぶのが、この「マルドゥック・スクランブル」です。

 サイバーパンクのSF小説として支持を集め、映像化・漫画化など小説以外のメディアでも発表されています。

 サイバーパンクと言わせていただいたのは、私がサイバーパンクの定義を完璧に理解していないせいもあります。サイバーパンクの定義については、後述させていただきます。 

 小説のジャンルは別にして、この小説はとにかく面白い。

 ストーリーが緻密に組み立てられている。

 世界観に引き込まれる。

 登場人物が個性的で魅力溢れる。

  

 著者は、この小説にテーマを与えています。著者の意図を読み解くことが出来るかどうかは、小説を読む上で重要な要素です。

 しかし、その意図を正確に読み取れないからといって、「マルドゥック・スクランブル」の面白さが減少する訳ではありません。

 そのくらい完成度の高いストーリーと文章表現です。

 決して、著者の意図するテーマに意味がないと言っているわけではありません。著者の意図するテーマを読み取らなければならないという、肩肘張った読み方をする必要はないということです。

 

マルドゥック・スクランブルの世界観 

 舞台となる世界について、未来の世界という表現はされていません。しかし、現代よりかなり未来の退廃した世界を印象付けます。退廃という表現の意味するところは、際限なく富める者、這い上がることの出来ない貧しさに沈む者。そして、この両者の狭間に生きる者。この間に、超え難い壁が存在する社会です。

  

 読者を、SF小説の世界に引き込むことは、とても難しいことです。あまりに突拍子もない設定だと、その世界を理解できず引き込まれない。だからと言って、詳細に説明しすぎると説明ばかりになってしまい、物語のテンポが悪くなります。

 この小説は、その点において絶妙だと思います。確かに、この小説の世界には、設定の分からない部分は多くあります。

 

 特に、物語に頻繁に登場する「法務局」の存在です。事件を扱う公的機関ということは分かります。物語中では、裁判を行う場所であったり、登場人物たちが行動を起こす度に許可を求めたりする存在です。その権限の及ぶ範囲やその組織の存在基盤などがはっきり分からない。しかし、分からないからと言って、この物語自体が成り立たないという訳ではありません。

 著者にとっては、「法務局」を詳細に説明することは必要でないことなのです。「法務局」は「法務局」として存在するものだと理解してもらえれば、物語は十分に成り立つということです。

 「法務局」をひとつの例として書きました。

 「マルドゥック・スクランブル」の世界においては、成り立ちと構成を詳細に知ることが重要でなく、その世界を感じること、世界観を読み取ることが重要だということでしょう。

 

登場人物

 主要登場人物は、5人です

ルーン=バロット

少女娼婦であり、主人公。シェルの計画により命を落としそうになるが、生命の保護などに限って禁じられた科学技術の使用を認める「マルドゥック・スクランブル-09法」に基づき、一命を取り留める。

ウフコック・ペンティーノ

委任事件担当捜査官。人語を解する金色のネズミ型万能兵器。自らの体を様々な兵器や道具に変化(ターン)することができる。かつてはボイルドとパートナーシップを組み、マルドゥック・スクランブル-09法に基づく証人保護プログラムに従事していた。その後、ボイルドとは決別した。

ドクター・イースター

委任事件担当捜査官。かつては宇宙戦略研究所(今の"楽園")の研究者だったが、戦争終結による研究所の廃棄が決定された際、ウフコック、ボイルド等と共に研究所を出てマルドゥック・スクランブル-09法に基づく証人保護プログラムに従事した。

シェル・セプティノス

ショーギャンブラーで娯楽産業を総轄する大企業オクトーバー社の下で複数のカジノを取り仕切り、またオクトーバー社のマネーロンダリングも引き受けている。少女娼婦であったルーン=バロットをスカウトし、自らの専属娼婦として新たな氏名や身分などを与えたが、自らの計画のためバロットを殺害しようとする。

ディムズデイル・ボイルド

委任事件担当捜査官。かつてのウフコックのパートナー、そしてウフコックを濫用の限りを尽くした男。ウフコック、イースター等と共にマルドゥック・スクランブル-09法に基づく証人保護プログラムに従事していたが、とある事件の解決方法を巡ってイースター、ウフコックと反目。現在はオクトーバー社の下で委任事件の捜査に当たっている。 

 

 シェルは、事件の首謀者であり、きっかけであり、事件を解決するための目的でもあります。ただ、それだけの鍵となる存在でありながら、登場する場面は「圧縮」においては少なめです。 

 バロット、ウフコック、ドクター、ボイルドを中心に、物語は進んでいきます。そして、この登場人物たちは、皆、大きな過去を背負っています。その過去が、現在の彼らと彼女の存在そのものの是非について、彼らの心に大きな影響を及ぼしているのです。

 この心を描くことで、この小説は、深みのあるものになっています。

 

 「圧縮」では、この5人以外にも、誘拐屋として5人登場しています。

 この5人は、この小説の世界の異常性を際立たせます。

 そして、この5人との戦闘が、バロットの物理的な強さを際立たせるとともに、精神の弱さを露呈させ、ウフコックとの関係にも大きな影響を与えるのです。バロットのあらゆる面においての転換点となる戦闘です。

 「圧縮」における登場人物は少ないです。その分、それぞれに与えられた役割は大きいです。

 

サイバーパンクについて 

 サイバーパンクの定義については、一般的に次の通りに解釈されています。 

【広義として】人体や意識を機械的ないし生物工学的に拡張し、それらのギミックが普遍化した世界・社会において個人や集団がより大規模な構造(ネットワーク)に接続ないし取り込まれた状況(または取り込まれてゆく過程)などの描写を主題のひとつの軸としている。さらに主人公の言動や作品自体のテーマを構造・機構・体制に対する反発や反社会性を主題のもう一つの軸とする点、これらを内包する社会や経済・政治などを俯瞰するメタ的な視野が提供され描写が成されることで作品をサイバーかつパンクたらしめ、既存のSF作品と区別され成立した。【ウィキペディアより】 

 また、 

【狭義として】人体へのコンピューターや機械・臓器などの埋め込みによって機能や意識を拡張する人体改造的な概念や、サイバースペース等と呼ばれるネットワーク空間(仮想空間、仮想社会)などを小道具として登場させる作品も多く、また代表作の幾つかでは退廃的で暴力的な近未来社会を舞台として疲弊しきったテクノロジーを描いていたため、単にそのスタイルのみを真似てこれに倣うフォロアー的な作品がサイバーパンクを名乗ることがあるが、これらのガジェットは要素の一部に過ぎない。ウィキペディアより】 

 

  ここで、「マルドゥック・スクランブル」をサイバーパンクと表現させていただいたのは、広義のサイバーパンクに該当するかどうかの判断が出来なかったからです。

 しかし、狭義のサイバーパンクとしての概念には当てはまるものとして「」と書きました。

 

 この形のサイバーパンクでは、攻殻機動隊が必ず引き合いに出てきます。「マルドゥック・スクランブル」においても、攻殻機動隊と比較しているブログやサイトがあります。

 確かに、機械化された人間や世界観などは類似点があるかもしれません。しかし、それらを比較することに、私はあまり意味を見出せません。小説同士を比較し、優劣を決めたり、類似点を数え真似をしていると論じるより、その小説自体が読むに値するかどうかが大事です。その点から考えれば、「マルドゥック・スクランブル」は、素晴らしい出来の小説です。

 

「圧縮」を読んで 

 「圧縮」「燃焼」「排気」の3冊で「マルドゥック・スクランブル」は完結します。まずは、「圧縮」を読んだ感想です。

 

 「圧縮」を読んで、最初に感じたのは、物語を描写する文章の卓越さです。

 まずは、視覚的な事象の描写です。爆発する車、銃撃、登場人物たちの特徴や動きなどの描写が巧い。目の前に浮かんでくるような躍動感と緊張感を感じます。特に、人物の動きは、その人物の性格や特性を、その動きで見事に表現しています。

 

 そして、内面の描写です。この小説の重要なテーマは「存在することの意味」だと感じています。バロットにとっては理由もなくシェルに殺されかけたことにより、自分の存在する価値を否定されます。過酷な環境の中で自分を殻に閉じ込め生きてきた自分が、何故、殺されないといけないのか。何故、存在を許されないのか。命が失われるその瞬間の絶望の中、バロットが考えたその問いが、この物語のテーマの一つです。

 ウフコックたちに命を救われるとともに強大な力を手に入れたバロットは、その力とウフコックたちとの関係の中で、自分の存在について大きく心を揺らし、暴走し、そして助けを求めます。

 バロットの心と、その変化が見事な表現力で描かれています。決して直接的な表現ばかりではありません。言葉で説明するというよりは、文章自体で、彼女の感情を表現しています。

 

 そして、バロットの内面を描くために、現実世界の激しい戦闘シーンが重要なファクターになります。

 その最も顕著なシーンが、誘拐屋5人とボイルドとの銃撃戦です。

 緊迫感を伴いながら、弾丸の質量すら感じるほどの圧倒的な戦闘シーンは、読んでいて圧巻です。

 圧倒的な力の違いで誘拐屋を抹殺したことにより、バロットの心が暴走します。そして、ボイルドに圧倒的な力で追い詰められることにより暴走したことに気付くバロット。

 銃撃戦が激しさを増すほど、対となる内面の変化が際立ちます。

 「圧縮」は、この銃撃戦の最中で終わりとなります。「圧縮」は展開が早く、またバロットも内面が不安定なため、先が読めません。「燃焼」「排気」と続き、どのような展開を迎えるのかが楽しみでなりません。 

 


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