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『スロウハイツの神様』:辻村深月|最終章まで読み終えた時、感動が心に溢れる

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 最後まで読み終えた時、驚くほどの感動を心に刻まれました。この小説においては、物語が面白いとか上手に組み立てられているとかを論じるのは、全く意味のないことだと感じさせられます。
 感動を与える。そのために書かれた小説です。
 その感動は、最終章で一気に訪れます。最終章を読む前と読んだ後では、この小説の印象は全く違うものになるでしょう。ただ、前半はとても退屈です。最後まで読み終えることが出来た人だけが、この感動を味わうことが出来ます。

「スロウハイツの神様」の内容  

人気作家チヨダ・コーキの小説で人が死んだ―あの事件から十年。アパート「スロウハイツ」ではオーナーである脚本家の赤羽環とコーキ、そして友人たちが共同生活を送っていた。夢を語り、物語を作る。好きなことに没頭し、刺激し合っていた6人。空室だった201号室に、新たな住人がやってくるまでは。
莉々亜が新たな居住者として加わり、コーキに急接近を始める。少しずつ変わっていく「スロウハイツ」の人間関係。そんな中、あの事件の直後に百二十八通もの手紙で、潰れそうだったコーキを救った一人の少女に注目が集まる。彼女は誰なのか。そして環が受け取った一つの荷物が彼らの時間を動かし始める。 【引用:「BOOK」データベース】 

「スロウハイツの神様」の感想 

半部分の退屈さ 

 小説の舞台は、タイトル通り「スロウハイツ」です。プロの脚本家である赤羽環がオーナーの「スロウハイツ」で、クリエイターたちが共同生活をする。その日常を描いています。住人は、 

  • 赤羽 環・・・人気急上昇中の脚本家。スロウハイツのオーナー。
  • 狩野壮太・・・投稿を繰り返す、漫画家の卵。
  • 長野正義・・・映画製作会社で働く、監督の卵。
  • 森永すみれ・・画家の卵。正義の彼女。炊事担当。
  • チヨダ・コーキ・・千代田公輝。中高生に絶大な人気を誇る小説家。
  • 黒木智志・・・チヨダ・コーキを売り出した、敏腕編集者。
  • 円屋伸一・・・環の高校からの親友。環をライバル視する。
  • 加々美莉々亜・・自称小説家。チヨダ・コーキの小説を愛するロリータ。 

 円屋伸一は途中で退去し、その後に加々美莉々亜が入居します。
 物語は狩野壮太の視点で語られることが多いですが、赤羽環の視点や森永すみれの視点で語られたりもします。エピソードによって語り手の視点が変わりますが、それほど混乱する訳でもありません。最初に書きましたが、この小説は、最後まで読めば感動します。しかし、そこに至る途中の退屈さについて書きます。 

 物語の前半は、入居している人物たちのエピソードが描かれていきます。際立った事件が起きる訳でもなく、淡々とした日常が繰り広げられていきます。人物設定や状況説明のためのエピソードに感じられる部分も多く、誰かを中心にストーリーが展開されていくという印象はありません。エピソードが変わるごとに、物語が区切られていきます。スロウハイツの住人の日常という共通項があることはあるのですが、一貫性のあるストーリー展開がありません。何が起こり、何を求め、何を成し遂げたいのか。  

そして、誰のための物語なのか? 

 それが、よく分かりません。エピソードを繋いで、物語の体裁を整えているだけに感じていました。 

 これが重要なのですが、スロウハイツの住人たちは秘密を抱えています。悪意のある嘘ではなく秘密です。その秘密に関わる言動や行動があちこちに散りばめられ、最終章において伏線として回収され感動を生むことになるのです。ただ、住人たちは秘密を抱えているので、どうしても上辺の関係でしかないように感じてしまいます。理由はどうであれ相手に言えない秘密がある時点で、その関係は表層的なものにしか映らないのです。登場人物たちの関係が表層的なものであると感じてしまうと、どの登場人物にも感情移入が難しい。 

 もともとスロウハイツの住人は、プロの小説家と脚本家、漫画家・映画監督・画家の卵といったクリエイターです。クリエイターのプロと卵の共同生活です。友人たちの共同生活という前提でも、入居者の全て(黒木は除きますが)がクリエイターという状況は一般人には想像し難い。一般人ではない彼らが語り手として物語が描かれているので、共感と実感を得ることも難しい。物語全体に靄がかかったような印象を受けます。物語がどこに向かっているのかよく見えないのです。そのため、読んでいて退屈です。実は、途中で読むのを挫折しそうになりました。 

々美莉々亜の入居

 中盤、加々美莉々亜がスロウハイツに入居したところから物語が動き始めます。動き始めると言っても、劇的に何かが起こる訳ではありません。ただ、彼女が何らかの意図と秘密を持って入居してきたことは確かです。その秘密は、チヨダ・コーキの「コーキの天使ちゃん」に纏わるものです。

 「コーキの天使ちゃん」のことは詳しく書きませんが、チヨダ・コーキを作家として復帰させた人物であり彼の人生にとって最も重要な人物です。加々美莉々亜と「コーキの天使ちゃん」の関係が、物語に大きく影響を与えることは容易に想像できます。彼女の登場により、チヨダ・コーキが物語に関わってくる頻度が増えてきます。スロウハイツにおける彼の存在が一層強く大きくなります。しかし、加々美莉々亜と「コーキの天使ちゃん」のことだけが描かれている訳でもありません。彼女のことは大きな動きですが、スロウハイツでの出来事のひとつに過ぎません。 

 中盤以降に発生する出来事は、彼らが隠している秘密に起因していることが多くあります。彼らの言動から、誰が何を隠しているのか想像していきます。おそらく多くの読者の想像通りの秘密です。ただ、重要なのは、

  • 何故、秘密にするのか?
  • 誰のためなのか?

といったことです。私はそこまでは想像することは出来ませんでした。 

 また、森永すみれもクローズアップされていきます。画家の卵である彼女の生き方についてです。人の生き方・考え方に正解はないはずです。しかし、彼女は今の自分が正しいのかどうかについて強く悩みます。そして、彼女の生き方に赤羽環は反発します。彼女のためなのか。自分のためなのか。彼女たちはお互いに大きく悩み続けます。 

 クリエイターの集まりであるスロウハイツ。そこに漂う不協和音が、高まりつつあるように感じさせます。加々美莉々亜の登場。彼らが抱えている秘密。進むべき方向が微妙にずれていく苛立ち。様々な問題が、スロウハイツを覆っていきます。それらが収束する気配も見せません。加々美莉々亜が秘密を持って登場したことにより、物語が進むべき方向が分からなくなります。

 加々美莉々亜の登場前に比べれば、物語が展開しつつあることは分かります。ただ、全体的に靄がかかった状態は、未だに解消されていません。僅かに、物語の全体像が霞んで見えてきたような気がする程度です。 

終章 

 感動する小説と言っておきながら、否定的なことばかり書いてきました。ただ、最終章を読めば、今までの退屈さやモヤモヤした気持ちは一気に吹き飛びます。全ての出来事が、この最終章のために存在していたのだと思い知らされます。 

 今までは、住人たちのエピソードがそれぞれの章で語られており、特定の誰かが主役という印象はありません。強いて言うなら、オーナーである赤羽環でしょう。しかし、彼女でさえずっと登場し続けていた訳ではありません。後半になりチヨダ・コーキの存在感が増していくほど、前半で語られた住人たちの印象が薄くなり、物語の主軸が誰にあるのか分かり難くなっていきます。しかし、最終章で「スロウハイツの神様」は、誰の物語なのか。それが分かります。 

終わりに

 とても純粋で一途な想いで溢れています。読者に感動を与えるというのはこういうことなんだな、と素直に受け入れることが出来ます。出来過ぎな部分もあります。しかし、そのことでさえ感動の一部として受け入れてしまいます。靄がかかっていた風景に一気に風が吹き渡り、素晴らしい景色を眼前に現す。そんな印象です。

 途中は退屈な小説です。しかし、最後まで読み切れば必ず感動を得ることが出来ます。