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『君の膵臓をたべたい』:住野よる【感想】|桜良の本心を知った時、彼の心を満たしたものは一体・・・

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 本屋大賞第2位。2017年8月時点で累計発行部数は200万部。インパクトのあるタイトル「君の膵臓をたべたい」。さらに映画化。気になっていた小説です。あまり詳しい内容は知らなかったのですが、ジャンルとしては恋愛青春小説なのかなと思っていました。 物語は、少女の葬儀から始まります。その葬儀に思いを馳せる少年。死が二人を引き裂いた悲しい話だと想像しました。ありがちな悲しい恋愛ストーリー。それが読み始めた最初の印象です。ただ、その割には少年の言葉が奇異なものでしたが。

 「読後、きっとこのタイトルに涙する」
 確かに悲しい話ではありそうですが、涙を流すほどの感動作かどうか疑問に思いながら読み進めました。読み終えた時、このコピーが間違っていないことを知りました。本当に、涙を堪えることが難しい結末です。これほど、心に響く小説はあまりない。今年読んだ中で、最も心に残る小説のひとつです。 

「君の膵臓をたべたい」の内容 

ある日、高校生の僕は病院で一冊の文庫本を拾う。タイトルは「共病文庫」。それはクラスメイトである山内桜良が綴った、秘密の日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて―。【引用:「BOOK」データベース】 

「君の膵臓をたべたい」の感想 

良にとっての日常と真実

 最初に感じたことは、主人公の少年と桜良の会話の奇妙さです。話している内容があまりに重い割に、普通に会話し普通に接している。桜良の余命が短いと分かっていながら、桜良はもとより少年も普通に接している。しかも、その話題を避けようとしない。桜良よりも、少年の方に違和感を覚えてしまいます。少年はあまりに普通。余命がないクラスメートに対して、突き放すくらいの接し方です。それが彼の特性であることは、徐々に分かってきます。そして、桜良が彼にそのことを求めていることも。 

 桜良は、彼のことを日常と真実の両方を与えてくれる唯一の人物として、次のように表現したいます。 

君は、きっとただ一人、私に真実と日常を与えてくれる人なんじゃないかな。お医者さんは、真実だけしか与えてくれない。家族は、私の発言一つ一つに過剰反応して、日常を取り繕うのに必死になってる。友達もきっと、知ったらそうなると思う。君だけは真実を知りながら、私に日常をやってくれているから、私は君と遊ぶのが楽しいよ。  

 少年の存在が桜良にとって重要なのは、彼が日常を続けてくれるからです。果たして、余命がない状態で日常を続けていきたいと願うものなのか。やり残したことはないのか。そのことを、少年は問いかけることもあります。もちろん、桜良はやりたいことを、ひとつずつ行動に移していきます。ただ、その行動は全て彼とともにです。そこには、日常を壊したくないという願いがあるのでしょう。  

れぞれの生きるということ 

 二人の生に対する考え方は対極にあります。この対極は、彼ら二人の関係を語るのに最も重要な要素です。彼はその重要性に気付きませんが、桜良は最初から気付いている。だから、彼とともに最後の時を過ごすのですが。 

 桜良が考える「生きること」は、他者との関係性の中で生まれてくるものです。彼女が考える生きるとは、 

きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ。 

 彼が考える「生きること」は、自分自身の中で生まれてくるものです。そこに他者との関係性は必要ありません。文中で表現されている言葉を使えば「自己完結」です。桜良が他者との関係の中で生きるということは、余命を知られ、周りの反応が変われば生きることが大きく揺らぎます。他者との関係の中では、自分の思う通りに生きられない。関係性が変われば、自分の存在の意味も変わるということを恐れているのかもしれません。 

 対して少年は、他者との関係性の中で生きている訳ではありません。どのように状況が変わろうと、自分の生き方は自分の中で完結させる。いい意味で言えば、生きることの意味が簡単に揺らがない。

 桜良は、他者との関係が大きく揺らぐ病気を抱えたことにより、少年の生きる姿勢に強く惹かれたのです。そして、彼は桜良の期待通りの対応をしていたのでしょう。彼に自覚はなかったようですが。 

良の本当の気持ち 

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 桜良は本当にこれまでの日常を続けたかったのか。
 桜良は、人はいつ死ぬか分からないものだと言います。自分はたまたま余命が分かっているが、少年も含め全ての人がいつ死ぬか分からない。もしかしたら、明日、少年の方が先に死ぬかもしれない。それが彼女の死生観です。
 たまたま、自分は死ぬ時期が分かっているだけだと。
 彼女の死生観だと、いつか巡ってくるものが来るだけということになります。そう考えることで、自分の運命を受け入れようとしているようにも感じます。自分の余命をまるで冗談のように語る桜良が、たった一度、死を恐れる発言をします。少年に対する問いかけとして発せられるのですが、 

私が、本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いって言ったら、どうする? 

 この言葉こそが、桜良の本当の気持ちだと感じます。少年は、その問いに答えることが出来ません。普段なら、冗談で返していてもおかしくないのですが。少年は、その言葉が桜良の本心だと直感的に理解したのかもしれません。 

【?????】としか想像できないこと 

 文章中に少年の名前は出てきません。最後に出てくるのですが。少年のことは、【秘密を知っているクラスメイト】【大人しい生徒】【仲良し】などと表現されています。周りが自分のことをどう思っているのか想像することが、少年の癖です。

名前を呼ばれた時に、僕はその人が僕をどう思ってるか想像するのが趣味なんだよ  

 彼は周りとの関係を築きません。だから、自分で想像するのです。関係を築けば、想像することなく分かるからです。そのように想像することで、自分の位置を確認し自己完結してしまうのです。しかし、ある時から、桜良からの呼びかけが【?????】となります。桜良が、自分を何と呼んでいるか分からないのです。 

 それまでは【秘密を知っているクラスメイト】【仲良し】と、桜良が自分に対し何と呼んでいるか想像できています。それが分からない。桜良の本当の気持ちが分からない。ようやく、彼は桜良の気持ちを分かろうとする。それは、彼が変わっていっていることを表しています。桜良といることで多くの影響を受けているのです。桜良が、自分にないものを彼に求めていたように、彼も桜良に求めていたのかもしれません。 

最後に 

 この小説において、二人の関係は一体何だったのでしょうか。日が経つほどに、お互いが惹かれていくのが分かります。しかし、単なる恋愛で片付くような感情ではありません。単なる恋人同士の話なら、ここまでの感動は有り得なかった。異性としてだけでなく、人としてお互いに惹かれていた。そういうことでしょう。
「君の膵臓がたべたい」
 この言葉が、最後に出てきます。その時、彼らがお互いに抱いていた思いが同じであることが分かります。この言葉に二人の関係が凝縮されていると感じます。そして二人の関係が終わるのが、予定されていた余命の中での別れでなかったことがとても悲しい。死ぬことに変わりがないとしても。 

突然の死は、伝えるべきこと・知りたかったことに気付いても手遅れだからです。

 彼は、桜良が自分のことを何と呼んでいるのか知りたかった。【?????】の中身です。彼は、桜良の遺書を読むことで、彼女の本心を知るのです。しかし、すでに彼女はいない。知ったことに対し彼女に何も出来ない。してあげられない。そのことが、読んでいてとても辛い。 

 ただ、決して辛いだけで終わる訳ではありません。彼は、彼女のように他者との関係性の中で生きることを選びます。そして1年が経ちます。「時が解決する」という訳ではありませんが、どんな辛い思いも和らぐ時が来ます。忘れることではなく、桜良の死を受け入れ、桜良の心とともに生きていくということなのでしょう。悲しいだけでなく、爽やかな読後感を与えてくれます。

 住野よるさんのデビュー作ということですが、素晴らしい作品だと思います。