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『ダブル・ジョーカー』:柳 広司|結城中佐の隠された過去が明かされる

 「ジョーカー・ゲーム」の第2作目。6話から成る短編集です。第二次世界大戦前から開戦に至る混沌とした時代を背景に「D機関」のスパイが暗躍する。物語自体はフィクションでありながら現実の時代背景を舞台に描かれているので、とてもリアリティ溢れる緊迫感のある小説です。 前作は、主に「D機関」のスパイの視点で任務の遂行に焦点を当てて描かれていました。「魔都」は本間軍曹でしたが。「D機関」の成り立ちや性質、結城中佐や機関員たちの設定、スパイの活動など、読者に説明しながらの物語構成なのでどうしても「D機関」側の視点で描かざるを得なくなってしまうのでしょう。 

 今作は基本の設定説明が不要な分、前作よりさらに面白くなっています。6話の短編の内、「D機関」の機関員が主人公なのは「ブラックバード」だけです。残りの5話は、違う視点から描かれています。「D機関」のスパイ活動を違う視点から描いていく。しかも、機関員たちの存在は目に見えない。それぞれの物語の結末で、ようやく明かされる彼らの活動。種明かしをされて、ようやく気付くことが出来ます。

 スパイの本質とは気付かれないこと。その目に見えない行動を、どのように描いていくのか。物語の隅々にまで目を凝らして読む必要があります。 

「ダブル・ジョーカー」の内容

結城中佐率いる異能のスパイ組織“D機関”の暗躍の陰で、もう一つの諜報組織“風機関”が設立された。その戒律は「躊躇なく殺せ。潔く死ね」。D機関の追い落としを謀る風機関に対し、結城中佐が放った驚愕の一手とは?【引用:「BOOK」データベース】

「ダブル・ジョーカー」の感想

ブル・ジョーカー

 「D機関」を潰すために組織された「風機関」。D機関が、いかに陸軍内部において異端で疎ましい存在であるかが手に取るように描かれています。

 「死ぬな。殺すな。」

 この考え方が、陸軍の考え方と合致しないことだけではないでしょう。それ以上に、彼らの実力を恐れているのが背景にあるのではと思わせます。生粋の陸軍軍人である風機関の機関員の高いプライドが、D機関の実力を見誤った。D機関を軽んじ、エリートである自分たちの方が優秀であると勘違いしてしまった末に訪れた必然の結末。

 D機関の活躍というよりは、風機関の自滅と言った印象が強いストーリーです。しかし、D機関の機関員が存在に気付かれることなく潜入しているからこそ、この結末になったのでしょう。D機関に対して突きつけられた挑戦であるから、結城中佐自らが結末を締めくくる。陸軍内で触ることのできない存在として、決定的な印象を与えてきます。  

の王

 共産党員のスパイである軍医・脇坂が主人公。自分自身が、密かに行われているスパイ狩りの次なる対象となっている。その情報を得た脇坂が、そのスパイの正体を暴こうと画策していく。 敵国のスパイの視点で描かれることで、絶対的な実力を誇るD機関の機関員に追い詰められていく緊張感が伝わってきます。

 姿の見えない敵(D機関)。一体、スパイ狩りは誰なのか。

 最後にD機関が脇坂を捕らえ、彼を逮捕した理由が語られます。その理由が、いかにもD機関らしい。脇坂が流す情報自体に問題がある訳ではなく、彼が取ったたった一つの行動。そのことがD機関を動かした理由。脇坂が、D機関相手に立ち回れる訳がない。問題は脇坂が逮捕された真実の理由。それが「蠅の王」の読みどころです。 

印作戦

 これまでと趣向の違う物語に感じます。主人公は、民間人の高林。物語の主軸は、詐欺。D機関の機関員が活躍する様子は、描かれません。詐欺事件に巻き込まれた高林の行動が描かれています。詐欺事件が行われていく過程で登場する「永瀬」。彼は、自分がD機関の人間だと明かします。この辺りから、読んでいておかしく感じていきます。

  • D機関の人間が、自分のことを明かすだろうか。
  • 一体、永瀬の思惑は何なんだろうか。

 永瀬が高林に依頼したこと自体は、何となくスパイっぽいことです。しかし、D機関の人間が、陸軍の設備や人間を利用するだろうか。ましてや民間人などを。

 全てが明らかになった時、今までの出来事が繋がってきます。その繋がりの中で、高林が気付いたこと。果たして、どれが真相なのかどうかは分かりません。しかし、存在を消し紛れ込む。そのことから考えれば、高林の想像は的外れではないのかも。ただ、読者がそれに気付くかどうかについては、難しいかもしれません。  

  結城中佐の過去が語られる。今まで、彼の過去は謎として描かれてきました。その謎の一端が「柩」で描かれています。ただ、結城中佐の過去の話を書くためのストーリーではありません。あくまで物語の進行上、結城中佐の過去が出てくるということです。主軸は、列車事故で不慮の死を遂げた「真木」の話です。真木がスパイであることを確信したヴォルフ大佐が、彼の残した痕跡から過去の結城中佐の影を嗅ぎ取る。 

 ヴォルフ大佐の過去の失態を取り戻すための執念が凄まじい。スパイを摘発するという職務のためだけではなく、自らの存在価値を懸けているようにも感じます。その過程で、結城中佐の過去が描かれていく訳です。結城中佐が白い皮手袋をしている理由や、恐ろしいまでのスパイとしての能力が描かれています。結城中佐の過去が語られるのは初めてなので、思わず引き込まれます。 

ラックバード

 D機関の機関員「仲根晋吾」が主人公。この小説の中で、初めてD機関の機関員の視点で描かれています。潜入したスパイの行動が生々しく描かれています。スパイとして目立たず、感情的にならず、任務を遂行する。それが、訓練を受けたD機関の機関員たる者の責務です。前半部分は、仲根晋吾のスパイとしての能力を見せつけてきます。しかし、後半で異母兄「蓮見光一」と接触するようになってから、仲根の人間的な部分が見え隠れするように感じます。 

 前作「ジョーカー・ゲーム」では、登場するD機関のスパイの個性のなさがスパイの凄みを感じさせるとともに、主人公が変わっても同じような話に感じてしまう部分もありました。 

  • 仲根晋吾が冷静な判断を下せなかった理由。
  • 蓮見光一を信じすぎた油断。

 完璧すぎるD機関の機関員の中に、人間を垣間見た気がします。  

る男

 主人公のサム・ブランドは、前作「ジョーカー・ゲーム」の中の1編「ロビンソン」に登場する内部協力者「フライデー」です。彼が、D機関の内部協力者になった過程を描いています。クロスオーバー作品と言えるでしょう。取り立てて特筆するほどのストーリー構成ではないのですが、平凡な人間が内部協力者へと仕立て上げられる様子が恐ろしい。利用できるものは利用する。内部協力者は、スパイには必須の存在です。その作り方のひとつを紹介されたような感じです。 

 物語の後半で、「ロビンソン」で伊沢が逃亡するシーンが描かれます。逃亡を手引きしたフライデーの背景には、このような事情があったのか。単に内部協力者と表現されている人々には、それぞれ抱えているものがあるということでしょう。 

最後に

 前作よりも読み応えがありました。各短編の視点が様々な人物から描かれていることで、飽きが来ません。D機関という組織を背景に置きながら、単調にならないストーリー構成が出来ています。

 今回は、結城中佐の出番が多い。前作では謎の存在でした。しかし、その謎の部分の一端が描かれたことにより、さらに結城中佐に興味が沸いてきます。没個性のスパイたちだけの視点で描いていけば、単なるスパイの技術を描くだけに陥るかもしれません。その意味では、前作とは色合いを変えてきたのは良かったのではと感じます。