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『忘れられた巨人』:カズオ・イシグロ|記憶を取り戻した二人を待ち受けるものは・・・

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 カズオ・イシグロ氏の小説を読むのは、「日の名残り」に続き2作目となります。舞台は「日の名残り」と同じくイギリスですが、時代も背景も全く違います。この作品はファンタジーの要素が強い。 

 時は6世紀頃。伝説のアーサー王の死後のイギリス。まだ、彼の統治の影響が残っている時代です。歴史上のアーサー王の存在は、長年に渡り議論されています。そのことが、アーサー王を伝説の王としているのでしょう。また、雌竜や鬼などの空想の生き物が現れ、騎士や戦士が登場する。伝説のアーサー王と空想の竜や鬼などが、ファンタジーの土台になっています。しかし、ファンタジーだからと言って、冒険活劇ではありません。スリリングで盛り上がる派手なストーリーでなく地味に進んでいきます。地味だからこそなのか、登場する人物たちが持っている個性が強く迫ってきます。派手でない分、登場人物の個性が際立つのかもしれません。 

 物語は雌竜クエリグが鍵になっていますが、雌竜退治をメインに描いている訳ではありません。クエリグが吐く息が霧となり、人々の記憶を薄れされていく。「記憶」が重要なテーマとなっています。 

「忘れられた巨人」の内容 

遠い地で暮らす息子に会うため、長年暮らした村をあとにした老夫婦。一夜の宿を求めた村で少年を託されたふたりは、若い戦士を加えた四人で旅路を行く。竜退治を唱える老騎士、高徳の修道僧…様々な人に出会い、時には命の危機にさらされながらも、老夫婦は互いを気づかい進んでいく。【引用:「BOOK」データベース】 

「忘れられた巨人」の感想 

われる記憶

 物語を通じて描かれているのは「記憶」です。主人公の老夫婦「アクセル」と「ベアトリス」は、人々が記憶を失っていくことに違和感を感じます。そして、自分たちも同じように失っていることにも。村で疎まれている状況から、息子の村に旅に向け旅に出ることを決意する。しかし、何故、息子が出ていったのか。どうして、今まで旅立たなかったのか。アクセルたちには記憶にない部分が多い。読み始めた当初は、この記憶の曖昧さの根源は何なのかが分かりません。 

  • サクソン人の戦士ウィスタン。 
  • アーサー王に仕えた老騎士ガウェイン。

 彼らに出会うことで、忘却の原因が雌竜クエリグの吐く息だと分かります。アクセルたちは、夫婦二人が歩んできた長い年月を思い出したいと考えます。ここから物語が雌竜クエリグを中心進んでいくことになります。クエリグが中心と言うことは、記憶が物語の核心になってくると言うことです。ウィスタンとガウェインの目的は、徐々に明らかになっていきます。彼らの真意は、当初、隠されています。それが明らかになることにより、二人は歩み寄れない関係になっていきます。 

 クエリグを退治すれば、記憶が甦る。

 甦る記憶は、アクセルたちが望むような幸せな生活の記憶だけではありません。憎しみや嫉妬などの負の記憶も呼び覚まされます。必ずしも、幸せな記憶だけではない。それでもアクセルたちは記憶を望むのか。ウィスタンとガウェインも、クエリグがいなくなることにより甦る負の記憶を意識しています。負の記憶を取り戻すのか、このまま忘却のままにしておくのか。ウィスタンとガウェインは、クエリグを巡って対立し決闘します。決闘の結末が、この地に何をもたらすのか。そしてアクセルたちに何をもたらすのか。

 記憶が人間の行動を決定付ける重要な要素であり、忘却が正しいのか正しくないのかを問いかけてきます。 

士と戦士

 ガウェインは「騎士」。ウィスタンは「戦士」。

 このように書き分けられています。私は、この違いの根拠はよく分かりません。根拠があるから表現が違うのだと思いますが。共通して言えるのは、どちらも剣士ということでしょう。彼らの戦いの緊張感を伝える文章表現の巧さが際立ちます。
 彼らが剣の柄に手を掛けた瞬間。剣を抜く瞬間。
 派手な剣の打ち合いはあまりありません。その分、相手の動きの観察や駆け引きの緊張感が伝わってきます。

  • 命を懸けるとは、一体どういうことなのか。
  • 命を懸けた戦いは、どんなものなのか。

 ガウェインとウィスタンは、確かに命を懸けて戦っています。それがひしひしと感じられます。当時のイングランドには、命を懸けるべき瞬間が存在していたのでしょう。  

終わりに

 クエリグを巡り戦うことは、記憶を巡る戦いです。記憶を取り戻せば、どうなるのか。ガウェインとウィスタンは、それを理解しています。理解しているからこそ、命を懸けて戦うのでしょう。

  • ガウェインはアーサー王の残した意志のため。
  • ウィスタンは、サクソン人の復讐のため。 

 アクセルとベアトリスは、クエリグを退治することで自分たちに何が起こるか予想出来ていたのだろうか。少なくとも記憶が取り戻せることは分かっています。そして、取り戻したいと願っているのも事実です。ベアトリスは、アクセルとの幸せな生活の記憶が取り戻せると信じています。それとともに思い出したくない記憶がともに甦っても、アクセルとの愛情は揺らがないと。では、アクセルは、どうだったのだろうか。

 アクセルは、それほど楽観していないように感じます。物語が進んでいくと、アクセルは過去の自分を断片的に思い出していきます。彼は、アーサー王の騎士だった。その記憶は、必ずしもいい記憶ではない。どちらかと言えば負の記憶の印象を受けます。そのことが、ベアトリスとの記憶を取り戻すことに不安を感じるのでしょう。 

 結果として、記憶を取り戻した二人が幸せな結末を迎えたかどうか。離れ離れになったところで物語は終わります。そのことは、何を暗喩しているのか。ベアトリスだけが、船に乗って島に行く。それは、彼女の死を意味しているのか。結末は何かの暗喩なのか。登場人津は少なく、ストーリーも分かりやすい。しかし、そこに含まれる著者の意図は掴みづらい。