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『冷たい校舎の時は止まる』:辻村深月|誰かの意識(頭)の中に閉じ込められる

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 今、最も注目されている作家の一人である辻村深月のデビュー作。文庫で上下巻、1,000ページ以上の長編です。デビュー作とは思えないくらいの完成度の高いミステリー小説だと思います。

 雪が降りしきる学校の中に閉じ込められた8人の生徒。閉じられた世界の中で、大きな謎解きに挑む。もしかしたら、自分たちの命が掛かっているのかもしれない。その緊張感の中で、物語が進展していきます。8人の生徒たちの人間関係や彼ら個々人の背景など、綿密かつ詳細な設定が成されています。8人全員が、それぞれに重い心の暗部を背負っています。そのことが閉じられた冷たい校舎と相乗効果をもたらし、極めて高い緊張状態を維持し続けたまま物語は進んでいきます。この物語では、ふたつの大きな謎があります。

  • 一体、誰の中に取り込まれてしまったのか。
  • 2カ月前に自殺したのは、誰だったのか。 

 未読の方は、この謎自体が一体何のことなのか分からないと思います。彼らは、このふたつの謎に翻弄され追い詰められていくのです。ミステリーなので、ネタバレなしの感想を心掛けます。なので薄っぺらな感想になってしまいますが、ご容赦を。 

「冷たい校舎の時は止まる」の内容 

雪降るある日、いつも通りに登校したはずの学校に閉じ込められた8人の高校生。開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。凍りつく校舎の中、2ヵ月前の学園祭の最中に死んだ同級生のことを思い出す。でもその顔と名前がわからない。どうして忘れてしまったんだろう―。
学園祭のあの日、死んでしまった同級生の名前を教えてください―。「俺たちはそんなに薄情だっただろうか?」なぜ「ホスト」は私たちを閉じ込めたのか。担任教師・榊はどこへ行ったのか。白い雪が降り積もる校舎にチャイムが鳴ったその時、止まったはずの時計が動き出した。薄れていった記憶、その理由は。【引用:「BOOK」データベース】 

「冷たい校舎の時は止まる」の感想

物設定が秀逸

 登場人物は、8人の高校生。クラスの学級委員という共通項があり、仲の良いグループの印象を与えてきます。彼らの会話の中に登場する人物が数人いますが、実際に物語を構成していくのは8人です。8人が多いのか少ないのかは、読み手の感覚です。ただ、8人それぞれに役割分担がされており「過不足なし」と言った印象です。 

 物語冒頭に、8人が一気に登場します。学校に登校するシーンから始まり、8人が教室に集まります。この段階では、それほど人物設定が詳細に語られている訳ではないので8人の名前と性格を一致させるのが難しい。少しずつ説明される彼らのキャラクターと名前を一致させていく作業に、気を取られてしまいます。すぐに前のページに戻り、人物を確認すると言った作業を何回も繰り返しました。 

私の記憶力の問題かもしれませんが。 

 全員が高校生なので冒頭の彼らの違いを表現するのは、言葉遣いや服装(と言っても制服なのですが)、行動の違いからです。なかなか、8人のキャラクターが頭に落ち着きませんでした。ただ、校舎に閉じ込められたことが分かり物語が進展しだした後に、彼らそれぞれが主人公となるエピソードが章単位で描かれます。ここで、彼らのキャラクターが詳細に語られていきます。それは性格だけでなく、人間性を構築した今までの人生。抱えている問題。残りの7人に対する思いなど、多くのことが描かれています。

 同じ高校生ですが、人はそれぞれ違います。その違いは、些細な違いから大きな違いまで様々です。その大小さまざまな違いを個性と言う表現で見事に描いています。 

ステリーとして

 ミステリー小説は謎を提示し、その謎を解決する。結末を読者に予想させ、そして裏切りつつも納得してしまう結末を用意する。ミステリー小説としても、とても秀逸な出来です。用意された謎も、微妙にその姿を変えながら8人を追い詰めていきます。校舎に閉じ込められた現状の認識を行う時に、清水あやめが「人間が誰かの意識(頭)の中に閉じ込められる」と言う仮説を唱えます。最初は納得できない面々も、事態が進展していく中で、この仮説を信じていくようになります。そして、この仮説に沿って物語が進展していきます。 

 確かに信じがたい現状の中ですが、この仮説だけを信じて行動を始めてしまうのに少し違和感を感じます。現状を説明するうえで、一番納得できる仮説ということなのでしょう。違和感は感じつつも、この前提を受け入れて読み進めていかないといけない。そこに関しては、ちょっと強引だったかなという印象を受けました。 

 「誰かの中に閉じ込められた」

 その前提を受け入れれば、先を読ませない見事な展開です。先を読ませないと言うよりは、先を読ませて結末を匂わせながら、その読ませた結末を否定するような場面を作る。その繰り返しが行われていきます。意外と素直な謎解きなんじゃないのかなと思わせておきながら、全く違う方向の状況や台詞や人間関係を匂わせる。ミステリーの迷路に迷い込んでいってしまいそうになります。私が描いていた結末とは、全く違う結末でした。特に、自殺した人間は誰だったのか。こちらについては、意表を突かれた思いです。 

後の気持ち良さ

 物語の前半は、閉じ込められた状況でありながら、どこか安心感のある穏やかな状態です。しかし、あることをきっかけに一気に恐怖と緊張感に襲われ、それが彼ら8人を追い詰めていきます。そして、彼らの関係にも大きな影響を与えていきます。悪い方向へと舵を切って進みます。
 「自殺」
 この言葉をキーワードに、次々と姿を消していく友人たち。この緊張感と恐ろしさを最後まで引っ張って、物語を結末へと導きます。これだけ恐怖が支配した物語でありながら、読後にはどこか爽やかさを感じさせる清涼感があります。これが、辻村深月の作家としての力量なのでしょうか。謎を解いて終わりでなく、これからも生きていく彼ら8人を描くことで前向きな気持ちにさせてくれるのでしょう。 

 同じ超長編の「スロウハイツの神様」は、途中かなり中だるみします。最後まで読めば感動するんですけど。この小説は中だるみを感じさせず、一気に読ませるだけの内容を持っています。